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令和2年3月30日に、国際自動車事件の最高裁判決が出ましたが、どのような内容でしょうか?また定額残業代の支払い方にどのような影響があるのでしょうか?

歩合給算定に当たり、割増金という名称の賃金全部を控除する賃金体系において、割増金の支払により、法定割増賃金の支払とは認められないとされた判決です。定額残業代を支給する一方で、その相当額を歩合給その他、通常の賃金部分から控除する賃金体系では、法定割増賃金の支払とは認められない可能性があります。

解説

1 事案の概要等

(1) 事案の概要

本件は、タクシー乗務員に対し、法定の割増賃金に相当するものとして「割増金」(深夜手当、残業手当、公出手当の3種類で、いずれも基本給等を基礎とするものと、揚高を基礎に算定するものからなる)を支払う一方で、「歩合給(1)」の算定に当たり、揚高等の一定割合に相当する「対象額A」という数値から「割増金」に相当する金額を控除する旨を定める賃金規則上の定めが無効であるとして、タクシー乗務員ら(上告人ら)が、タクシー会社(被上告人)に対し、控除された「割増金」相当額の賃金の支払等を求めた事案です。
歩合給(1)及び対象額Aの算定式は次の図表のとおりです。

<割増金等についての定め>

割増金

深夜手当、残業手当、公出手当(①+②からなる)
①:基本給等を基準に一定率(1.25等)を乗じた額
②:対象額Aを基準に一定率(0.25等)を乗じた額

歩合給(1)

対象額A-(割増金+交通費×出勤日数)

対象額A

(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62

なお、対象額Aは、歩合給(1)算定に用いられる数値で、同名目での賃金は支払われていません。
また、対象額Aを、「割増金+交通費×出勤日数」が上回る場合(時間外労働等が長時間に及び割増金が高額になる場合)は、歩合給(1)は0円となります(他の賃金からの差額控除は行われません)。
したがって、①時間外労働等を全くしなかった場合(割増金0円の場合)の歩合給(1)は、対象額Aから交通費を控除したものになりますが、②時間外労働等が多くなり歩合給(1)が0円となる場合(対象額A<割増金+交通費×出勤日数の場合)の割増金も、対象額Aから交通費を控除したものになります(下記図表参照)。

<①の場合の歩合給(1)と②の場合の割増金の算定式>

①時間外労働等なしの場合 歩合給(1)=対象額A-交通費×出勤日数
②歩合給(1)が0円の場合 割 増 金 =対象額A-交通費×出勤日数

(2) 原審までの判断の概要

第1審及び第2審は、歩合給(1)算定に当たり、対象額Aから割増金を控除する定めが公序良俗違反で無効としました。
これに対し、最高裁(平29.2.28)は労基法37条が労働契約における通常の労働時間に対する賃金をどう定めるかについて特に規定していないことを理由に、通常の労働時間に対する賃金(本件では歩合給(1))が、売上高等の一定割合に相当する金額(本件では対象額A)から、割増賃金相当額を控除した額と定められていても、それが当然に労基法37条の趣旨に反し、公序良俗違反で無効とは解することができないとしました。ただし、最高裁は、そのような定めに基づく割増賃金の支払が労基法37条所定の割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るとし、その点について審理を尽くさせるために原審を破棄差し戻しました。
そして、差戻審は、割増金の支払をもって、労基法37条所定の割増賃金の支払と認められるかについて、明確区分性を満たしていることからそれを認め、未払いはないとして、請求を棄却しました(東京高判平30.2.15)。
この差戻審後の上告審判決が、令和2年3月30日に言い渡されたものです。

2 最高裁判決(令2.3.30)の概要

(1) 規範部分

最高裁は、過去の判例を踏襲しつつ、以下の旨を述べます。

  • 使用者が労基法37条所定の割増賃金を支払ったとできるかを判断するために、割増賃金として支払われた金額が、労基法所定の方法で算定した割増賃金の額を下回らないか検討することになるが、その検討の前提として、労働契約上の賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と法定割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要である(明確区分性の要求)。
  • そして、特定の手当を法定割増賃金として支払っているという場合に、上記の判別ができるというためには、時間外労働等の対価の趣旨で支払われていることが必要である(対価性の要求)。
  • この対価性の有無の判断は、契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮するほか、労基法37条の趣旨(時間外労働等の抑止と労働者への補償)を踏まえ、賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない。

(2) 本件の割増金の支払が法定割増賃金の支払といえるかについて

最高裁は、①時間外労働等が全くしなかった場合の歩合給(1)の額と、②時間外労働等が多くなり歩合給(1)が0円となる場合の割増金の額がどうなるかを確認の上で(前記1・(1)参照)、次の旨を述べます。

  • 本件の仕組みの下で、割増金を労基法37条の割増賃金と見るならば、割増賃金を経費として全額をタクシー乗務員に負担させるに等しく、労基法37条の趣旨に沿わない。また歩合給(1)が0円となる場合は出来高払制の賃金部分の全てが割増賃金ということになり、労基法37条所定の割増賃金の本質から逸脱している。
  • 本件の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うと予定されている賃金を時間外労働等がある場合に、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うものというべきである(歩合給(揚高)対応部分の割増金のほか、基本給対応部分の割増金も同様である)。
  • そうすると、割増金には通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。
  • そして、割増金のうち、どの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明らかでないから、通常の労働時間の賃金に当たる部分との判別ができない。
  • したがって、割増金の支払により、労基法37条所定の割増賃金が支払われたとはいえず、割増金は通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労基法所定の方法で、支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。
    ⇒未払賃金額等について審理を尽くさせるために、原審破棄差し戻し。

3 定額残業代による法定割増賃金の支払への影響

本件最高裁判決が、規範として述べていることは従前の判例を踏襲したものです。手当の明確区分性を判断するに当たり、対価性の有無を考慮するとか、対価性検討の際には当該手当の賃金体系上の位置付けにも留意すべきとの判示は、これまでの判例に見られなかった点ではありますが、労基法所定の方法以外の方法で算定した手当の支給をもって、労基法37条所定の割増賃金を支払いといえるかの判断のあり方が大きく変わるものではありません。
他方で、本件では、法定の割増賃金に相当するものとして、割増金を支給しながらも、その金額を歩合給(1)として支払われる部分から控除していた結果、時間外労働等が全くなされない場合の歩合給(1)が「対象額A-交通費」となり、他方で時間外労働等が多くなされ歩合給(1)が0円になる場合の割増金の金額も「対象額A-交通費」となるという関係にありました。このため、割増金の対価性は否定的に見られた上に、割増金は時間外労働等がなされた場合に歩合給(1)の一部を名目のみを割増金に変えて支払っており、したがって割増金の中には歩合給(1)として支払われるべき通常の労働時間の賃金部分が多分に混在しているが、明確区分性がないとされています。
こうした点からは、法定の割増賃金に相当するものとして、ある手当を支払いつつも、その相当額を歩合給に限らず、通常の労働時間の賃金部分から丸々控除するような仕組みは(※一対一の対応関係にあり、全額控除する「丸々」というのがポイント)、本件の割増金と同様の評価を受け、明確区分性を否定され、法定割増賃金を支払ったとは認められない可能性があるので、そのような控除は避けるべきでしょう。

(荒川)

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